<客にコーヒーを出す時>
ーーーーーーーーーーーーーーーー
言い方の例をいくつか書きました。
A:コーヒーになります
B:コーヒーです。
C:コーヒーでございます
D:コーヒーをお持ちしました
E:コーヒーをどうぞよろしければ
上であげたBCは類似表現です。
B:コーヒーです。
C:コーヒーでございます
表現として長いのがCで、丁寧な表現として扱われるのもCです。それは同時に表現として短いBは丁寧さに欠ける表現として扱われてしまうのです。
<丁寧さがなくなる過程>
ーーーーーーーーーーーーーーーー
長い類似表現を作る
↓
長いほうを丁寧だと持ち上げ多用
↓
長い類似表現に慣れる
↓
長い類似表現の丁寧さが基本になる
※人が納得するハードルが上がる
↓
短い類似表現の丁寧さがハードルを
超えなくなる
↓
短い類似表現の丁寧じゃなく扱われる
ーーーーーーーーーーーーーーーー
上の流れは、サービス過多になる流れにも似ています。
新サービスを導入したら客がそれになれて、あることが当たり前になり無かった時を悪く言う。
<過程をギャル風に言うと>
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんか最新のトレンドのさ、超長い言い方の方が丁寧じゃん〜。そんでもって、前の言い方って〜、古臭いし短くて無礼じゃん。」
実際にやっていることは上のセリフを吐くギャルと同じレベルです。
【あとがき・補足】
=================
日本人の中に[先人の作った言葉を壊す(おとしめる)人々]がいます。実は日本人の言葉遣いというのはそんなに間違いはないのではと思っています。間違いではないものを間違いにした結果、今まで間違いではなかった言葉を使う人々が批判される。
そして、日本語を複雑にしたり優劣をつけるのが完全に悪いわけではありませんが、それによって他人を傷つける人種が出てきます。
単純にいろんな表現がある言語ですめばいいのですが、彼らのせいで「彼らの気に入る表現を使わなきゃ文句言ってくる。」という思いで日本人は窮屈に生活しなければいけなくなるのです。
日本語(特に和語)が間延びするのは敬語や日本人の言語心理のせい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本人の敬語表現を見てみてればわかるが、
基本的に長い表現ほど敬意表現として上になる。
そして、短くても敬意のあった和語は時間とともに敬意が薄れて、新たなに敬意を上乗せ用とする、そのせいで間延びする言語になった。
<漢語崇拝と和語間延び>
和語はすぐ敬意を下げてしまう日本人
↓
間延びさせて敬意をあげようとする
↓
間延びした和語を嫌う日本人
↓
間延びぬ漢語を多用する日本人
↓
漢語崇拝してるので漢語の敬意は下がらない
↓
漢語多用
<表記ブレ対策用>敬語、けいご、ケイゴ、keigo、丁寧語、ていねいご、テイネイゴ、teineigo、ビジネス言葉、びじねすことば、ビジネスコトバ、bijinesukotoba