辞書についてPart5【社会的責任】個人辞書が著作主張!?
大手辞書と個人辞書の違い
大手辞書 (記事で説明する上で便宜上こう呼ぶ)
基本的に信頼度の高い辞書は、古くから紙で出版されてきた辞書。
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”岩波書店・小学館・三省堂”などが使命感を持って作ってきた辞書です。こういった辞書は教科書にも使われるし、学者が意味を参照するのにも用いられています。
個人辞書 (記事で説明する上で便宜上こう呼ぶ)
webで個人運営・webの小さい会社運営の辞典は
・実○日本○表○辞典
・語○由○辞典
・新○○事用○辞典
などだ。
これらの辞典の扱いは気をつけなければいけない。次に個人辞書の危険性について語る。
▼個人辞書の危険性
・責任なく言葉を定義 (意味を定義)
大手辞書は辞書づくりを間違えると社会的影響が出ると認識が広まっているから慎重に意味を定義し作成。個人辞書はネット文化の発達で[社会に影響が出る]ことがわかるはずなのに無責任に言葉を定義、厳密な下調べもされてるか怪しく出典明記も少ない。
・大手辞書の内容を我が物コンテンツとして扱う
おそらく大手辞書を参考にした内容にもかかわらず「利用料徴収』などを目的に運営、しまいには著作権を自分のものとして「コピペ厳禁」などを記しているところも。自作主張にあたって辞書の内容の表現方法を少し変えれば別物の文にできるが、これを自作と言っていいのか?
・名前に[辞典]とついていると大手辞書に見紛う
一般人が調べ物をするときに大手辞書に見紛うようなツクリをしているため、それを社会的責任のある記事などに[正確な情報と断定]して引用してしまう人が多い。
ちなみに このブログ[和語の里]も
[2子音和語辞典]
という名で[いかにも辞書]っぽく見える名で[辞書ページ・言葉をまとめたページ]を公開してしまっています。
これについては反省しています。少しずつ「私家版2子音和語辞典」とタイトルを変えていますので、ご迷惑をかけた方がいましたら申し訳ありませんでした。
ただし、「2子音和語辞典」は先程あげた個人辞書とは違って個人的解釈を正当化・定義化はしていませんので、そこは分かる人は分かると思います。
このブログの和語辞典のデータは
・辞書から意味を引用していることを、できるだけ明記
・自作コンテンツだとか、著作は我にありと主張はしていない
・商用するための道具としては使っていない
▼分厚い紙辞書は信頼できるけど紙でなくて良い
分厚い紙辞書を作ってる大手辞書は信頼できますが、だからといって紙の辞書を買わなくてもいいと思います。※家・部屋のスペースを取りますしね(笑)
なので
・web上の辞書検索サイト
・電子辞書
・辞書アプリ
などを活用するのが良いと思います。
ただし、この3つにも注意点があります。
【web上の辞書検索サイト】
weblio(ウェブリオ)という有名な辞書検索サイトがあるのですが、「個人辞書・大手辞書が 区別なく掲載」されています。
・新語時事用語辞典
・実用日本語表現辞典
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一見して、どれも信頼できる辞書に見えますが、辞書づくり大手が出してるのは小学館の[デジタル大辞泉]のみです。
「新語時事用語辞典」と「実用日本語表現辞典」は 個人辞書としてwebサイトで公開されている辞書にすぎません。
【電子辞書・辞書アプリ】
電子辞書・辞書アプリに掲載されている辞書は、信頼できない会社の辞書かもしれませんので一応 辞書名で検索してみたほうがいいかもしれません。とは言っても辞書を出す会社で有名ではない会社もありますが、個人辞書よりは信頼できることが多いはずです。
▼大手辞書にも落とし穴【容量問題】
1つ1つの見出しを詰め込みできないのも容量問題
A:大手辞書は紙ベースで作成している(出版前提)
B:厚さの制限がある
C:一部の語数や説明書きも簡潔にせざるを得ない
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これらのことから、「大手辞書」ですら落とし穴があるということは頭に入れて置かなければいけません。
紙ベースで出版している以上、辞書のデータも紙における容量問題の影響を受けている。
だからと言って大手辞書が「容量無制限のネット上の怪しい個人辞書」に劣ることはないので「大手辞書の情報へ敬う姿勢でいるべき」だと私は思います。まあ信用した上で、疑いの目は持つという感じでしょうか(笑)
言葉定義の扱い
私達は、これらの言葉定義に関わる注意点を広めていきたいと思っている。世の中には自分勝手に言葉の意味を定義している記事があふれている。記事だけでなく人づてで内輪の俗語などを公的なものかのように語る人も多い。
こういった日本語が置かれている状況を変えていきたいと思う。
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